2011/06/23
知ってた?
あの大地震から3ヶ月以上経ちました。
我が家も晴れて「全壊」評価をうけました。がはは。
中途半端な半壊なんてより、すっきりするってもんです。
そこで、いろいろと支援制度の申請ということになるんですが、実際に申請会場に行くと、疑問が出てきます。
というか、パンフやチラシの文章を読んでもさっぱり的を得ないことが多すぎます。
こうなると、元来の好奇心というか、知りたがりの性格が首をもたげて、係員を質問攻めにしてきました。
結論から言うと、
知らない奴はそんをする。
です。
皆さんは罹災証明というと、居宅の損壊は持ち家が損害を受けた人と思っていませんでしたか?
違うんですね。
賃貸住宅(アパートとか)に住んでいても、建物が損壊していれば申請できます。
申請者は店子の住民です。
認定されれば、店子であっても支援制度が受けられるんです。
その他にも人知れずひっそりと佇む支援制度があったりします。
下水道受益金の減免なんかもそのうちのひとつかもしれません。
私が申請場所に行ったときは、私のほかに申請者はそこに誰もいませんでした。
ン十万もの金額が減免されたんですよ(あくまで私の場合ですが)
皆さんも面倒くさがらずに、分からないことはとにかく聞く!
って、してみたらいかがでしょう?
2011/05/11
被災者だった
以前にも書きましたが今回の地震及び度重なる余震の影響で、我が家は完全に歪んだ家になってしまいました。外見上からの見た目はなんとも無いようですが、家の中は平衡感覚が狂って、酔っ払ったような錯覚を起こします。
今日、知り合いの大工さんに診てもらった所、地盤が下がって基礎がやられており、
「直すとなるとー、んー、ちょっとした家が一軒建つくらいかかるよ。そもそも家を持ち上げてくれる業者さんが忙しくて、早くても二年以上待ちみたいだし」
「じゃあ、どうしろと?」
「別に新築しちゃったほうが安上がりかも」
だって。
ぎょえーーーー!
そんな金どこにもねーーよ!
軽く考えていたボクはすぐに役所へ行き、建物の半壊ということで罹災証明の申請をしてきました。
2011/04/19
時間
我が家は幸い家はなんとか無事です。
地盤沈下したのか柱が曲がったのか、そちこちの床が斜めになってますが。。。
同じいわきでも海側では津波、山側では土砂崩れで多大な被害が出ています。
しかし今後の復興のことを考えると、一番の被害は原発事故になるのかも知れません。
私が一時東京に避難したのもやはり被爆から逃れるためでした。
いまだに、というか、いつになったら戻れるのか分からない避難地域の皆さんの心境はどうなんでしょう?
それを考えると、我が家の状況は幸せなもんです。
と、いうことで。
この嫌な停滞ムードを吹き飛ばせ!
みたいな話になり、いつものメンバーが集まって元気出すぞパーティーをしました。
暗く過ごすもバカみたいに笑って過ごすも同じ一日。同じ24時間。
余震がきたらまず火を消せ!を合言葉に過ごす楽しい一日。久しぶりです。
元通りになるのはあとどれくらい?
余震に脅えなくてすむまでどれくらい?
みんな思い出にしてくれるまでどれくらい?
自分は、あと、どれくらい?
先日、エトワールで震災復興チャリティーライブの計画があり、出演依頼がありました。
只今演奏曲を思案中です。
2011/04/12
揺れる。いつまでも。
またもや大きな揺れが来ました。震度6クラスの余震。
11日17時過ぎ、奇しくもあの日から丁度一ヶ月。
今回は、断水プラス停電になりました。
せっかく片付けた家の中なのに、落下物やら剥がれ落ちた内装やらを見て、またため息ひとつ。
いつになったら落ち着きが取り戻せるのでしょう?
夜になると辺りには、明かりというものがなく、それこそ真っ暗闇です。
当然我が家も闇の中でありましたが、ふと思いついたのが、日本一周時代に使っていたサブバッテリー。
ほ~れ、どうですか皆さん!
我が家だけ灯る煌々とした希望の光。
本だって読めちゃう。
何ヶ月もの野宿生活はこういう時に役立てるもんです。
この程度の余震になんか負けてられません。
来るなら来い! 余震!!
あ。うそ。
もう、来ないで。家傾いてるから。
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